Tale『希望』

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このTaleには、脱出マップ『ユ゛ユ゛ユ゛ユ゛ユ゛』のネタバレが含まれています。

未プレイの方は閲覧非推奨です。

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あの日、あの道を通らなければ。

あの日、あのマンホールのそばを通らなければ。

あの時、ほんのささいな緊張感を持っていれば。

雨上がりじゃなければ。

遊びになんか行かなければ。

マンホールに落ちた時に、頭から落ちて死んでおけば。

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こんなことには、ならなかったのに。

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私の名前は、この化け物に食べられた。

家族のこととか、友達の名前とか、そういう大切な記憶から真っ先に捕食されて。

…このまま全て記憶を失っちゃうのかな、とか。最初は考えてた。

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そっちの方がよかった。

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私は今、この化け物の「釣り餌」にされている。

新たに落ちてきた人間がこの場所に疑問を抱かないように、ここには他の人間もいるんだと安心させるために。

化け物のくせに頭を回すな、気持ち悪い。

案の定、たった今お兄さんが化け物の策に溺れている。記憶を少し食べられて、全てが元に戻されて、また少し食べられて、循環して。…野生の動物が一つの獲物で長期間の飢えをしのぐように、少しずつ捕食されている。

ユ゛ユ゛…みたいな生理的に無理な音って、他の人はそんなに違和感を感じないものなの?

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「……はぁ」

…こんなことを日記に書いてもどうにもならない。

仮にお兄さんがこの日記を見つけたとして、次に会った時には結局何も覚えていないんだから。

…かといって私自身がお兄さんに情報を伝えようとすると、無駄に勘のいい化け物が危険を察知して強引にリセットをかけてくる。なにそれ。ズルすぎるでしょ。

…結局、希望なんてなかった。ここから出ることなんて出来ない。ここに落ちてきた時点で、全部手遅れだった。

虚ろな目をしながら、両手を冷たい地面につく。

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ぐにっ

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「…ひっ!?」

明らかに周りの床と質感が違った。

石のレンガの見た目とは裏腹に押し込むと凹み、なんだかぶにぶにしている。

「…な、なにこれ?」

おそるおそる手で掻き分けてみる。ずぶ、と手が床にくい込み、中から赤い粘液のような液体が溢れてくる。

「なにこ」

「ぅぷ」

動物が腐ったような臭いが辺りに充満する。まずい、吐きそうだ。急いで両手で鼻を覆う。

…そういえば、手で掻き分けたから、手にも赤い粘液がついてた。

「ッおええぇぇっ. . .」

最悪。頭がぐらぐらする。キモいし臭い。こんなことになるなら、掻き分けなければよかった…

………

……………

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……最悪な事を思いついた。

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「いやいやいや…」

まさか。

いくらなんでも。

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ここを外に到達するまで掘り続ける、だなんて。

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そんな、気持ち悪いこと。

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「……」

「……でも」

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……やっと見つけた、希望だった。

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ずぶぶ。躊躇いながらも、両手を床に突っ込む。

…思ったより簡単に掘れてしまう。

「…まって、これ頭から突っ込むの…?」

そりゃあそうだろう、頭が悪いのか?分かったらさっさと突っ込めばいいのに。

少しの間静止していたが、ついに意を決したように目をつぶって頭を突っ込み、手で赤色を掻き分ける。臭い、息が辛い、吐くほど気持ち悪い。少女の涙が赤色と混じり、それでも掘り続ける。

あと1回、ほんの1回掻き分けた先がきっと出口だ。そうに違いない。自分を信じろ。そう言い聞かせながら、赤色を掘り進む。

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少女は赤色の中で気絶していた。

何時間掘っていたのかわからない。

終わりの見えない不安、もう帰れないかもという恐怖が、密閉空間の酸欠も合わさって彼女の意識を刈り取っていた。

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でも、彼女は死ねない。

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「アレ」が少女を有用な釣り餌と判断し続ける限り、彼女の命の灯火は燃え続ける。

「……ぅぁ」

目が覚めた。赤色は依然として体を覆っており、さっきまでのは夢ではなかったのだと再認識させられる。

「………」

もう、嫌だよ。

いつもみたいに家に帰りたかった。

特別なことなんてなくたっていいから、もう一度あの平凡な日々に戻りたいだけなのに。

「…………」

力無く、目の前の赤色を掻き分ける。

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きらり。

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「……ぇ」

光が、見えた?

ずぶずぶ。急いで目の前を掻き分ける。

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ずぼ。頭が、赤色から抜け出した。

「やっ、───え?」

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見渡すと、そこは廃坑のような場所で。

白いフードの男と、1人の女の子がいた。

「や、やめ」

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ぶちん。女の子の舌がちぎり取られた。

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「っあ゛ ゛ 」

な…なにしてるの、あれ?

拷問?なんのために?…わたし、ひょっとしてマズい場所に出てきちゃった?

「ん」

白いフードの男がこちらに気づく。まずい。

戻りたくはないけど、1度戻ったほうが

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「なんでここにいんの」

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ぱん。男が手を鳴らすと、私の体が女の子の元にテレポートした。なにそれ。…まずい、逃げ損ねた。

「ん…?お前、まさか」

男は口角を上げながら言う。

「はは、誰かと思えばコイツの並行世界のヤツじゃん!マジでなんでここにいんだよ!」

「い゛っ」

髪の毛を捕まれ、さっき舌を千切られていた女の子の顔の前に寄せられる。

「紹介するよ。『これはオマエだ』。まー、折角会ったんだから挨拶しときなよ!しばらくしたら”リセット”してやるからさ!」

男がそう言うと、私たちの周囲が黒いもので覆われる。…男は消えた。なんてやつ。

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………

「…ねえ、君は誰なの?」

女の子に問う。

「………」

「…え゛ ら」

喋りづらそうに、女の子は名乗る。

「”えら”ちゃん?その…ここはどこで、さっきは何してたの?」

「……い゛ ぇ な い」

……言えない?なんでだろう。なにか事情があるのかな?

「……ごぼ、げほ」

「だ、大丈夫…えっ!?」

なんの魔法?見間違いだろうか?…”えら”のちぎれていたはずの舌が再生している。

「…ふー。ごめん。驚かせちゃったかな」

「あの…に、人間なの…?」

「ううん。NPCだよ」

えらは寂しそうに言う。…NPCって、あれ?ゲームとかのモブのこと?じゃあ、ここはゲームの中の世界なの?

「そういう君は、なんでここに来たの?」

「え、えと、話すと複雑になるんだけど、なんというか…」

「…ちゃんと人として死にたくて、頑張って…辿り着いたのがたまたまここで…」

「え?奇遇だね、私も同じ願いを持ってるんだ。」

えらは目を丸くしながら言う。

「え?えと…あなたも死にたいの?」

「うん、死にたいよ。死にたくても死ねないけど。」

「そう、なんだ…なんだか、私たち似てるね」

「あはは。…あいつの言ってた”並行世界”と関係があるのかな?」

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ばつん。

床が緑の芝生に変わる。

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「ひゃ!?」

「あー…早いなあ、もう。私たち、ここでお別れみたい。」

「え!?そ、そんな…せっかく会えたのに……」

「…。」

えらは、こちらに向き直る。

「ねえ」

「?どうしたの…わあ!?」

がばっ。えらに抱き着かれる。

…えらの指がわずかに震えている。

「あの男は、私たちはいずれ解放されるって言ってた。この世界には、ちゃんと救いがあるんだよ。…だから、さ」

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「次会うときは、ちゃんとあの世で会おうよ」

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「え、あ」

「……うん。ぜったい、天国で会おうね」

そうして2人を包むように、スノードロップの花が咲き乱れる。花は成長して”画面を覆い”、

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『やくそくだよ』

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…あれから私は、変わらず下水道に閉じ込められたまま時を過ごしている。

でも、いいんだ。絶対に大丈夫。

いつか必ず死んで、天国で会うって約束したから。

”えら”っていう大きな希望がいる限り、私は絶対に壊れない。

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私の名前は赤原 笑蘭。

ある男に仕込まれて、ちょっとだけ高次元の存在を知覚できるようになってしまった人間だ。

「災厄」の存在を知った。

「外の世界」の存在を知った。

…「並行世界」の存在を知った。

これらの事実を知って、私は絶望した。それと同時に、胸が張り裂けそうになった。

私の並行世界に選ばれてしまった人間は、永遠に死ねずに苦しい思いをすることになるのだから。

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…だからあの日、あの子に出会えてよかったのかもしれない。

本当の『絶望』とは、希望が無いと知ることだ。つまり…”救いはある”と信じるうちは、絶望を感じる事はない。

一切の救いも無いこの世界で、ほんの少しだけ、あの子の偽りの希望になることができたかな。

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コメント

  1. Taleというワードと希望というワードを聞くととあるゲームを思い出してしまう
    (ー_ー)

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